『逃げるは恥だが役に立つ』の意味と、その意味について考察してみた

人気マンガの『逃げるは恥だが役に立つ』(逃げ恥)が原作となっているドラマが10月にTBS系で放送開始されます。ドラマ名は原作そのまま『逃げるは恥だが役に立つ』とのことで、ところで「逃げるは恥だが役に立つ」ってどういう意味なんだ?と思い、調べてみました。すんなり入ってくる言葉だけど、ぱっと見ではちょっと意味が分かりづらいですよね。

で、調べてみたところ、これはハンガリー語の諺(ことわざ)で

Szegyen a futas,de hasznos.』(初めのeと2個目のaの上に’が付く)
=逃げることは恥だが、役に立つ。
参考 yaplog.jp

をそのままタイトルにしているようです。
ちなみに原作漫画の表紙にもこのハンガリー語の諺が表記されていますね。

で、この諺の意味は、要は『自分の戦う場所を選べ』ということのようです。
参考 kumami.xyz

いまいちピンと来ない人のために他の表現を加えておくと、たとえば「自分の土俵で戦え」とか、それからもっと意訳すれば「短所に目を向けるんじゃなく長所を伸ばす努力をしろ」みたいな。そういう感じの意味としての諺のようです。

記事トップ画像出典 火曜ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』|TBSテレビ

逃げるは恥だが、役に立つ?

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逃げるは恥だが役に立つ、これは大事なことだと思います。自分の不得手なところでどんなに頑張ってみたって、それが得意な人になんか敵いっこないんですから、時に「逃げる」ということはとても大事なことだと思います。大局的に見たら、時には戦略的に逃げることが、全体としての勝利を勝ち取るためには必要なことでしょう。いつもどこでもムキになっていたら自滅していくだけです。

「逃げグセ」が付いてしまうのが難しい

ただ“逃げる”ことの難しさは、その判断にあると思います。何か苦しい局面とかですぐに逃げる選択を取っていると、それはやがて必ずクセになってしまいます。転職を繰り返したり、何を始めても三日坊主に終わってしまったり、できないダイエットを「いつかは始めたい」とずっと何年も思っていたり…。

小さな局面を見ていけばどんな戦いにもどんな人の人生にも必ず「逃げるべき時」なんて何度も訪れるはずです。競技スポーツの一つの試合の中にですら何度も「力を抜いた方が良い瞬間」とか「間合いを取った方が良い時」なんてあるし、仕事していたって「自分が折れておくべき時」とか「避けておいた方が良いもの」とか、いろいろあると思います。

でもそれで「逃げて、上手くいった!」という経験がいくつか重なると、次第にその逃げるという選択がクセ付いてきてしまうのが厄介なところです。そりゃもちろんブラック企業とかに就職してしまったらそんなものできるだけ早い段階で“逃げ”ておくべきなのは当然なんですが、それが何度が続くと次第に「どこの職場もブラックに思えてくる」「どこに行ってもそこの欠点ばかりが目につく」みたいなことについ人はなりがちです。

たとえば私の見てきた例で言えば、アルバイトの子も多い職場で、バイトで来ている大学生なんかはすごく真面目に生き生きと働いているのに、転職を繰り返して現在その職場にたどり着いているおじさんはその仕事に対する不平不満や職場の愚痴を毎日のように吐いている、なんてことがありました。

もちろん大学生のアルバイトの子と社員として働いているおじさんとでは立場が違うので、つまりはその仕事の自分の人生における意味が違うので、その意味では同じ仕事や職場でも見方が違ってくるのは当然と言えば当然なんですが。

でも、大学生の子がなぜ文句を言うわけでもなく生き生きと働けているのかと言えば、それはその子が「こういう仕事はこんなもんだろう」という、良い意味での諦めというか、現実をあるがままに受け入れるだけの器量があったからなんだと思います。それがおじさんにはなくて、おじさんは自分の理想と思う仕事であったり職場環境であったりを軸に今目の前の現実の職場を見ているので、不平不満が次から次へと湧き上がってきてしまっていたのだと思います。

つまり何が言いたいのかというと、要するにそのおじさんは逃げグセが付いてしまっていて、現実に立ち向かう気概が失われてしまっていた、ということです。

こんなこと本人に言ったら超ムキになられてしまうと思います。「俺の方が辛い現実と戦ってるだろ!」という気持ちが本人にはあるので。でも客観的に見たら、そのおじさんは辛い現実と戦ってるのではなく、辛い現実に打ちのめされているだけなんですよね。大学生の子の方が辛い現実と戦うことができていて、なおかつその戦いに勝っているというか、優位に戦いを進めているというか。

逃げるべきか戦うべきかの判断

もしそのおじさんの勤めている職場が本当にヤバいところであれば、そんなところはすぐにでも辞めた方が良いのは明らかです。そして「その職場の良し悪し」というのは究極的には人それぞれでもあります。人それぞれ価値観が違うんですから、誰もが知ってるブラック企業にもそこを良い職場だと思って働いている人もいるものです。

となると、「逃げるべきなのか、戦うべきなのか」。この判断が非常に難しいものだということが分かります。

極端な話、ブラックだとして有名な『UNIQLO』だって、そこで頑張って、やがて幹部にでも上り詰めれば、もっと極端なことを言うとそのまま実力が認められて UNIQLO の社長にまで上り詰めたりなんかしたら、その暁にはその人は超絶勝ち組です。資産何千億を持ち、好き放題若い女を抱ける素敵な老後が待っています。笑

そういう可能性を考えれば、UNIQLO をブラック企業だと言って去って、他の中小零細企業にでも転職して細々と暮らし、結果としてフツーにみんなと同じような不安や悩みを抱えながら生きて死んでいくのが、本当にベストな選択なのかどうかは分かりません。

しかも、「じゃあ同じ上を目指すなら、もっとホワイトな企業で」と思っても、ホワイト企業で出世をしていくのはブラック企業で出世していくことの何倍も狭き門をくぐり抜けなきゃなりません。当然ですよね。ホワイト企業なんか誰でも勤め続けたいし、そしてどうせ勤めているなら大概の人は真面目に一生懸命働くし。となればブラック企業で周りがバタバタ自滅していくような環境とは比べ物にならない高い競争率があります。現実問題として、「将来はこの会社の社長になりたい」なんてことを口にすれば、同僚から鼻で笑われます。そのぐらい高い競争率の世界です。

つまりそれは、「目の前の乗り越えなければならない問題がラクであればあるほど、それを乗り越えても上にはほとんど上がれない」という、至極自然なことの現実世界における一つの例でしかありません。逆にその目の前の問題が難しければ難しいほど、その問題を乗り越えた時の上がり具合い・成長は、大きいものになると。…筋トレみたいなもんですね。

結局、好きなことをやるしかない

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逃げるべきか、戦うべきか。この判断は難しい。なぜなら価値観は人それぞれ違うから。

ということはつまり、その目の前の問題が自分にとって乗り越えるべきものか逃げて回避しておくべきものかの判断は、最終的にはやっぱり自分の感じ方にかかっているのではないでしょうか。もっと具体的に言うと、「戦っていて楽しいか、どうか?」みたいな。

たとえばプログラミングが好きで仕方ない人なら、新しい「覚えなければならない言語」なんかがあったりすると、その言語を学ぶことに僅かながらもワクワク感があったりすると思います。でもそれがプログラミングを嫌々、飯を食うために仕方がないと思ってやっている人であれば、新しい言語を覚えることは苦痛で仕方ないでしょう。

そして前者は、そのままプログラマーとして生きていって、それなりに充実した人生を送れるんだと思います。でも後者はきっと、そのままプログラマーとして生きていっても人生を充実したものにするのは難しいだろうし、不満や苦痛が多くてどちらかと言うと人生を辛いものと感じられてしまうんだと思います。

であれば、後者の場合、思い切って「プログラマーという生き方から逃げる」というのも一つの選択肢としては大いにアリなんじゃないでしょうか。

転職して、たとえば何か営業職にでも就いて、そしたらそこで営業マンとしての能力が開花するかも分かりません。営業マンとして一流の腕を持っていれば、時には会社員でありながら億単位の給料を得られることだってあります。「プログラマーが向いてないと分かったから営業職に転職した → 営業の実力が認められて大手外資系の保険会社にヘッドハンティングされた → そこでも高い成績を残し、プログラマーから転職してわずか5年で月給は当時の100倍に」なんてことも現実のストーリーとして無くはない話です。

同じ人間でも、戦う場が違うだけで、その戦いに投じた労力から得られる対価にはものすごい違いが生まれます。逃げてばかりじゃ大きな対価を得られるだけの成長がまずできないけど、でも逃げるべきところを逃げないでいてもそれは少なくとも自分の個性や自分の充実した人生というものは自らの判断で自滅させるだけになってしまいます。

だから結局、大事なのは「自分が戦いに積極的になれる土俵を選ぶ」ということがとても重要なんだと。そんな風に思います。

もし「そんな土俵が一つもない」というのであれば、それはこの「逃げるは恥だが役に立つ」の意味するところの『生きる上での戦略・戦術の話』とは別の次元の話になってきます。その場合はもっと抽象度が上の『生きる上での存在としての在り方』の話になります。問題を前にした時に、なぜそんなに弱気になってしまうのか?とか、そういう次元の話です。「サッカーが向いてないならサッカーから逃げて野球をやってみたらいい」というのがここでの話で、「サッカーも野球もカーリングも水泳もビリヤードも、何も楽しいと感じるものはないし積極的になれるものはない」というのであれば、それはまた違った話になってきます。(←「あぁ自分はそっちだ」って人が多いですよね、きっと)

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まとめ

一体なにを書きたくてこの記事を書き始めたのか。なんだか気付けばかなり理屈っぽい小難しい感じの記事になってしまい、落とし所が見当たらなくなってしまいました。まあそもそもの出発点が、ちょっと興味を持ったドラマのタイトルがたまたま「実は諺だった」ということがいけなかったんでしょう。含蓄のある諺をテーマに記事を書き進めてみたら、なんだか記事全体が小難しい感じになってしまいました。

ところでドラマの方、主演は新垣結衣さんとのことで、新垣さんの演技は「棒読み女優」みたいなことをよく言われますが、あの見た目の美人さと下手くそな演技が逆に「現実にいないようなキャラを演じさせたら右に出る者はいない」ぐらいのハマりっぷりになるので、今回も楽しみです。

いやでも「契約結婚」って、今は現実にある可能性もあるのかな?個人的にはちょっとアリかもとか思う(筆者は男)んですけど。ただ原作の「性生活はなし」という設定はちょっと無理ありますけどね。なら契約結婚なんて面倒くさい契約を結ばず、家政婦業にオプション付けたような形の契約でいった方がいろんな面で面倒が無くて良いと思ってしまいます。

長くなりました。ここまで読んでくれたあなた、ありがとう!笑

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4 件のコメント

  • 「ありがとう!笑」って何だよ。駄文を最後まで読んだ私の時間を返してくれ。一文字いくらで書いてるのか知らんが碌に取材もせずPCの前に座って書いているだけってのが見え見え。最近こういうなんちゃってライター多過ぎ。

  • 逃げるは恥だが役に立つ、今を生きる人に必要なスキルなんでしょう。その落とし穴もあること読んでいてはっとしました。

    何より自分が今得意な分野で戦っている最中なので励まされました。

  • やらんでもいいことを残業休出してくたびれ果てて見せているおじさん二人の職場に入りました。改善提案すると、なんやかやと経緯や理由つけてどやしつける始末。私は逃げることにしました。そのおじさんたちを管理している部長もそれが美徳みたいにねぎらうのを見て嫌気がさしました。レベルの高い私は逃げるんです。

  • そうですね私も通りすがりさん見たいにも思えますが笑ってかわいくないですか?私も逃げ恥とっておいて毎日見ていますああ、私も新垣結衣ちゃんくらい可愛かったらな

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