ベーシックインカム制度導入で国民は働かなくなる? – んなアホな!

ベーシックインカム導入で人々は働かなくなる?

ベーシックインカムの問題点(デメリット)の一つとして「みんな働かなくなってしまうのでは?」という懸念がよく挙げられています。

でもどうでしょう。

この豊かな時代に今さら、最低限度の生活費を支給されるからといって、働かなくなってしまう人がゴロゴロ出てくるものでしょうか?

ベーシックインカムなんて、実は大したことない

このブログではベーシックインカムを語る時に一応「月額10万円」を基準に今のところ語っているので、この記事でもその前提でいきます。

月額10万円。
これって、単身者であれば家賃7万円と食費3万円がタダになる程度のことです。

それって、言うなれば「お米を釜で炊いてた時代に突然、電子レンジと冷凍食品が現れた」ぐらいの衝撃度かなと思います。釜戸でご飯を炊いて、味噌汁や副菜などを用意して、なんてしていたら1日3回の食事を用意するだけでも1日のうちのかなりの時間を食事の用意に取られていたはずです。でもそこにある日突然「レンジでチンするだけで食べられる魔法のような食事が現れた」と。

魔法に対して「そんな夢みたいな話…」と言いたくなる気持ちは理解できる

まさに魔法のようだと感じると思います。レンジでチン、ですからね。意味不明でしょう。

で、ベーシックインカム反対論者は多分、この“魔法かのよう”な感じがどこか怖くて、「きっとそんな上手くいくわけない」と思ってしまうんではないでしょうか。「働かなくても生活できるなんて、そんな社会が実現できるわけない」と。僕が教わってきた常識と違う、と。

せっかく生活が保障されてんのに、働かないわけがない

ところが実際には、チンするだけの冷凍食品のみで食生活を全てまかなうようなことをする人は本当にごくひと握りの人しかいなくて、大多数の人は、面倒でも健康的な食生活を望むんですよね。

「働かなくても生きていける」ってのも同じで。働かずに毎日テレビ観て息してるだけで人生を過ごすようなことは、本当にごくひと握りの人しかするわけがないんですよね。

男なら女にモテたいし、女なら男に注目されたいし。

生活の不安、老後の不安、ってものが格段に減った暮らしを送っていれば、今まで以上に人々は旅行だの趣味だのを楽しむようになるのも目に見えています。そんな楽しそうに暮らす人々を尻目に「毎日ワイドショー観ながら時間が過ぎるのを待っているだけ」みたいな人生を進んで送ろうとする人なんて、そんな人は少なくとも現時点の社会においても何かしらヘンテコリンな生活を送っているでしょう。

頭の固いおじさんには想像がつかないのかもしれない

最低限の生活が保障される程度で皆働かなくなるだなんて考えるのは、まるで
「チンするだけの冷凍食品なんてけしからん!そんなものがあったら誰も料理しなくなってしまう!」
と叫んでいるようなものじゃないでしょうか。

または
「会わずに会話できる『電話』なんてけしからん!そんなものがあったら誰も面倒な直の交流なんかしない寂しい世の中になってしまう!」
「立ち食いそばだなんてけしからん!そんなもの許したら世の中がどんどん下品になっていってしまう!」
とか?

これらの例であれば今の人にはその後の世の中が分かっているので、いかにこれらの見解が先見の明がない見方かが分かるかと思います。

そもそも、仕事を辛いものだと思い込み過ぎている

最低限の生活が保障される程度の現金の支給で「みんな働かなくなってしまう」だなんて思うのは、そもそもそういう風に想像する人の持つ仕事に対する価値観があまりに辛すぎるものだからなのではないでしょうか。

「俺は毎月サビ残100時間も200時間もやってきた。ベーシックインカムがあればこんな仕事を続けるわけがない!学者は庶民の生活を分かってない!」とか言う人がいますが、ベーシックインカムが導入されればブラック企業に勤め続けるわけがないことは当然です。気付きづらいかもしれないけど、それは少し論点が違っています

ブラック企業に勤めてる人なんか、ベーシックインカムが導入されれば皆辞めてくのは当然の流れでしょう。ベーシックインカム導入が現実味を帯びてきたら企業は存続のためにホワイト化を急ピッチで進めるか、解散するか、しかないはずです。

「人は働かないだろう」と「人はそんな会社では働かないだろう」とを混同しては、まともな議論ができません

「仕事=辛いこと」は「選べない人だけが持つ価値観」

ベーシックインカムが導入されればまず働き続けないだろう会社で、今は働き続けているのはなぜか。それは「生活のため」。

他の会社をいろいろ、ホワイト企業に当たるまでずっと就職活動し続けてみればいいのに、それができない・しないで苦しい労働を続けるのはなぜか。それは今月、来月、といったすぐ足下の生活のため

「生活のため」に仕方なく、いろんな働き方がある中で他をあたるいろんな意味での余裕が無いから我慢して、「苦しい労働」を続けているというのに、「生活のため」という理由が取り除かれたら「じゃあ仕事なんかしなくていいや」となると想像するのは、あまりに近視眼的というか、何というか。

ベーシックインカムで支給できる最低限の生活費なんて、たかが知れてます。働き方を選ぶ余裕は与えてもらえるけど、働かなくても満足できる人生を与えてもらえるほどのものではありません

(この辺の違いが、大きなストレスを抱えながら働いている人にはなかなか理解できないのかも。仕事から逃れられれば無条件に幸せになれると思い込んでいるフシがある)

このままでは、ITやAIの進歩でいずれブラックだらけになってしまう

辛い労働をしている人なら、「最低限の生活費を国が支給してくれる」なんて案が出てくれば、本来は諸手を挙げて喜んでもいいはずです。でも実際にはなぜか、そんなことはけしからんっ!とか言う人が出てきます。

このことだけを考えてもそれは「何か考え方が歪んでいるのでは?」という気がしますが、そんな歪んだ人の考え方というのは面白いもので、自分で自分の首を絞める方にばかり行きたがります。

自分の仕事が奪われてく未来を理解しているのだろうか

AIやITがどんどん進化してくれば、仕事が奪われるのはどんな人たちか?

それはサビ残なんかも当たり前の低賃金・長時間労働を強いられている人たちの仕事です。過当な競争に巻き込まれずホワイトに働いている人たちの仕事は、仮に奪われるとしてもずっとずっと後です。

つまり、今でもブラックでヒーヒー言ってる人たちは、今後時間が経つにつれどんどんどんどん余計に苦しくなってくることが目に見えているんです。どんどん先細っていくパイを大勢の低賃金労働者たちで必死に奪い合い続けるのですから。

AIやITの発達で一部の企業や人々が超高効率で莫大な利益を稼ぎだすような時代に向かっていて、その中でオフィス仕事であろうと広い意味で“単純労働者”である人たちの仕事は、どんどんどんどんその価値が目減りしていってる現実があります。

歪んだ考え方が歪んだ見方をさせている

いま現在社会の“勝ち組”側にいる人が「ベーシックインカムなんてけしからん」と言うのなら分かりますが、そうでないのにそんなことを言うのは、自分で自分の首を絞めているのにほとんど等しいと言えるのではないでしょうか。

では、歪んだ人たちはなぜ歪んだ考え方をしているのか?

それは自分より下、たとえばニート連中なんかを見て、彼らを蔑むことで自分を慰めている気持ちが根底にあるからなのかもしれません。自分の中では自分も“勝ち組”なのかもしれません。自分がこんなに苦しんで頑張っているのに、ニートを救済するかのような制度が始まることは感情が許せないのかもしれません。

そうとでも考えないと、なぜ「みんな働かなくなる」なんてことを思えるのか理解できませんし。

もっと上の“勝ち組”連中から見たら、自分も「働かなくなりそうな人」にしか見えないというのに。「ふざけんな!俺は月10万の生活なんか嫌だ。俺は働き続けるに決まってるだろ!」と思うかもしれないけれど、それ、自分より“下”の人たちも同じように思ってますからね。

 

おわり

長くなってしまったのでとりあえずこの辺でひと区切り。

「歪んだ考え方」とか言っちゃって、ちょっと攻撃的な感じになっちゃったかな?と気になるのですが、穏やかというか冷静な議論は大歓迎なので、何か思うことがあればコメントでも書き込んでもらえたら幸いです。

まだ何十時間とか何百時間もベーシックインカムについて考えてきたわけではないので、何か見落としていることとかあるかもしれないので、よろしくお願いします。

3 件のコメント

  • 働けばそれに見合う収入が得られる前提で正しいと思います。
    ただ、納得できる収入を得られるかを心配しているのでは?

    極端な話、ベーシックインカムの財源として税率90%とかいったら働きたく無いですよね?
    最低賃金の時給1000円で働いたら、手取りは時給100円になっちゃいますよ。

  • 本気でベーシックインカムを考えるならある程度正確な試算ができないと反対派を説得するのは難しいでしょうね。
    ただ、その場合もどのような制度にするかを決めないといけませんし、
    制度設計も何を目的としてベーシックインカム導入を目指すかで変わるでしょう。
    個人的には利点が色々ある制度だからと言って全てを盛り込む必要もないと思います。

  • ほぼ賛成です。
    私は日本でおそらくブラックというところに新卒で入り、あまりの環境と将来性の無さに、海外に出ました。
    自分が苦しい環境で仕事をしている人間ほど「ニート許せない」とか「自己責任」「実力主義」という言葉をよく口にしているように思います(そもそもこの社会は実力主義でも自己責任でもない部分が大半であるのに!貧乏人がこれを口にするのは、インドの不可触選民がカルマ思想を信奉しているような救われなさがあるように思います)。
     私も、早くAIがもっと高性能化して、「普通の」日本人が自己責任とか実力主義などという言葉を口にしたくても出来なくなり(自分自身がAIに負けるから)、社会保障というものの本当の意味を考える必要がある時代になってほしいと思います。

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