安田純平さんを助ける必要はあるのだろうか?

シリアの地図

フリージャーナリストの安田純平という人が「助けてください」と書かれた紙を持っている画像が公開された件について。

この件、どうも日本政府の動きが鈍いというか「助ける気があまり無さそう」に感じたので、どういうことなのか調べてみました。

安田さんの画像公開までの経緯

安田純平さんの画像

今回公開された画像に映る男性について、日本政府はそれが安田さん本人で間違いないだろうと確認しているとのこと。

リンク 安田さん画像「本人で間違いない」政府高官(日本テレビ系(NNN))

で、複数の記事などを参考にまとめると、安田さんは昨年6月にトルコ南西部からシリアに越境したとみられ、その後連絡が取れなくなったとのこと。また複数の関係者の話によると、安田さんは国際テロ組織アルカイダ系の「ヌスラ戦線」に拘束されているとのこと。

そして昨年12月以降、ヌスラ戦線の代理人と称する人物が日本政府側に接触を試みてきているものの、交渉は進展しておらず、今年3月には今回の画像とは別で安田さんとみられる男性の映像がインターネット上に公開されていたとのこと。

ヌスラ戦線側は交渉したがっている

今回改めて安田さんに「助けてください」とまで書かせて鮮明な画像を公開したのは、ヌスラ戦線側が日本政府側に交渉に応じるよう圧力をかける狙いがあるものとみられているそう。

ただ身代金の要求などは書かれておらず、その辺りの事情から察するに、これはあくまで個人的な推測に過ぎませんが、恐らく日本政府側はこれまでヌスラ戦線側からの接触を全く受け入れない姿勢を貫いてきたのではないかと。だから身代金の要求のような具体的なメッセージはなく、なのに「これが最後のチャンスです」などと、客観的に見て「???」と感じるような公開画像になっているのではないでしょうか。

ヌスラ戦線側としては「日本政府側が交渉に応じないのはなぜだ!?本人確認を最優先しているからか?」と考え、それで今回の画像公開を行ったのではないでしょうか。

政府が交渉に応じない理由

今回の画像公開に関するニュースへの世間の反応としては、ネット上でのコメントを見る限り「助ける必要はない」という意見が圧倒的に優位なように見えます。

たしかに、昨年には後藤健二さんが殺害された件もありましたし、こうした武装勢力にフリージャーナリストが拘束される事件は今回が初めてのことではありません。初めてのことではない、つまり危険を承知で危険地帯へと向かったのですから、そんな人を助ける義理はないと思うのも当然かもしれません。

散々止めたのに言うことを聞かないフリージャーナリスト

国際テロ組織がウジャウジャいる戦地へ赴くことは「自己責任」で済まされる問題じゃありません。当然、今回のように(今回は何を目的としているかはまだ不明ですが)何らかの「交渉材料」として使われてしまうのですから。

だから日本政府としても「あそこは危険だよ」という呼びかけだけにとどまらず、渡航制限などのより積極的な働きかけによって国民の命と財産を守ろうと動いています。

今回拘束された安田純平さんに対しても、日本政府は相当頑張って危険地帯への渡航をやめてもらえるよう働きかけていたのであろうことが、奇しくも安田さん本人のTwitter投稿からうかがい知ることができます。

政府批判する安田純平さん

「自己責任なのだから口や手を出すな」と日本政府を徹底批判しないといけないらしいです。

そんな御仁が『助けてください』と(恐らく自筆で)書かれた紙を持ってカメラの前に立っているという、なんともシュールな今回の公開画像。

「取材の邪魔をする安倍政権」だそうです。

そこまで言うなら捕まった時点で自害しろよ!?自分の行動がどれだけ国益を損なう可能性をはらんでいるか分かっているのか?と思ってしまいますが…。恐らく安田さん的な考え方ではそうとはならないのでしょうね。

「国民の命を守るのが国の役目だろ!」ぐらいのことを言い出しそうです。だから政府は嫌がられるの覚悟であなたの家族や職場にも説得を頼んでいたんでしょうに。

渡航制限を「基本的人権の侵害だ」と訴えるフリージャーナリスト

安田さんのようなタイプのフリージャーナリストに言わせれば、山の入山規制も「基本的人権の侵害だ」などと言い出しそうです。「火山の状況を伝えるのが俺の役目だ」「離れたところから見ていて何が分かる!現場が大事だ!」ってな具合いに…!?

「自由」に伴う「責任」も受け入れるべき

別に本人が自分の命をどう使おうが勝手と言えば勝手ですが、それを許すのであれば同時に「そうした人々に何かあった時、シカトを決め込む国民の世論」も必要なのではないでしょうか。

自分の子供ならまだしも、赤の他人であるいい大人が「人権」だのといった個人の尊厳を持ち出して勝手な行動を取るんですから、それを認めるならば、同時に「その他大勢の国民がその人の行動の結果に責任を持たない権利」も認める必要があると思います。

それが嫌なら、言われたことは守れよ、と。赤信号を勝手に渡りだして「移動の自由という基本的人権」などとのたまわられたら周りが迷惑するだけです。

おわり

世界的な時代の流れとして、個人の尊厳であったり自由であったりといったものはとても重要な「守るべきもの」という論が支持されやすい傾向にあると思います。

でもその個人の尊厳や自由には、個人としての責任が伴うということも、同時に我々は認識しないといけないのではないでしょうか。でないと片手落ちの人権論は、悪い奴らを利するだけです。赤信号を渡ることを許すのであれば、そんな人をひいてしまった車側を守るための「赤信号を渡る自由に伴う責任」も必要です。でないと当たり屋ばかりが得をするおかしな世の中になってしまいます。

戦場取材は別に大した金にはならないと聞きますが、それでも好きで自ら赴いているんですから、本人にとっては利益のあることだと言えます。政府の制止も振り切って自分の利益を求めに行って、それでいて事故に遭ったら助けてくれ、では、そんなのほとんど当たり屋みたいなものです。どう転んでも自分だけは損をしないズルいゲームです。

危険なく身柄を引き渡してもらえるような状況になれればその時は身柄を引き受けて必要な治療をしてやるだけの義理はあるとしても、何らかの政治的な取引をしてまで助けてあげる義理はないように思えます。

なんだか辛辣な記事になってしまった感じだけど、そんなことを思いました。
チャンチャン。